お疲れ様です。赤鬼です。
中村文則さんの『銃』をご紹介します。
「次は…人間を撃ちたいと思っているんでしょう?」
河出文庫(河出書房新社)
雨が降りしきる河原で大学生の西川が<出会った>動かなくなっていた男、その傍らに落ちていた黒い物体。圧倒的な美しさと存在感を持つ「銃」に魅せられた彼はやがて、「私はいつか拳銃を撃つ」という確信を持つようになるのだが……。TVで流れる事件のニュース、突然の刑事の訪問——次第に追いつめられて行く中、西川が下した決断とは?
あくまで私個人が読んだ感想です。
その感想も読み返したときに変わってしまう可能性もあります。
何卒ご容赦ください。
「人×モノ」のお手本
文学作品では、「人」と「何か」をかけあわせることがあります。
「人×人」だったり、「人×出来事」だったり、その両方だったり。
さまざまなパターンがあるなかで、この作品は「人×モノ」が軸となっています。
この作品はタイトルどおり、“銃”をかけあわせています。
つまり「モノ」ですね。
一丁の拳銃が、冒頭の一文目から登場します。
物語を展開する要素として、非常に効果的に機能していると感じました。
拳銃の存在は、強大な推進力を保ったまま、ラストシーンまで重要なアイテムとして登場しつづけます。
有り体にいえば、「人×モノ」のお手本のような作品だと感じました。
拳銃のもつ不穏なイメージ、そして拳銃をもった主人公の危うい雰囲気が、最大限に引き出されています。
しかもそのネガティブな磁場のようなものが、作品全体に通底しています。
クリフハンガー的な効果もあり、いつのまにかどんどん読み進めてしまう……。
魅力的な作品です。
拳銃の描写
文体は堅めで、全体的に暗く重たい雰囲気があります。
中村文則作品全般にいえることですが、この文体が主人公のイメージとマッチしていて、腑に落ちる感覚があります。
一方でドライブ感も備わっているのが不思議で、独特なところですね。
飽きがこないまま最後まで読ませるような文章だと思いました。
特筆すべきは、銃の描写です。
まるで愛する人の様子をていねいに説明していくような筆致で、拳銃の在りようが細かく描写されています。
大半の日本人は手に持ったことがないはずなのに、誰もがその詳細をイメージできるような書き方がなされています。
冒頭からこの秀逸さが炸裂するので、一気に惹きこまれました。
単に造形を描写するのではなく、拳銃の役割や、意味するところまで踏み込んでいます。
作品を通じて、拳銃の存在そのものを描写しているといっていいでしょう。
これをデビュー作で描けることに、作家としての凄みを感じます。
心から感服します。
危険な物事の独特な魅力
主人公の心理描写に、無視できないほどのリアリティを感じました。
拳銃を拾う状況はさすがに考えにくいのですが、人生のなかで良からぬ何かと偶然出会うことはあるでしょう。
残念ながら、危険な物事には独特な魅力があります。
その誘惑に負け、手中に収め、後に引けなくなったとき……
きっと私も、主人公のような心理に陥るだろうと思いました。
その危険な物事が何なのか、現時点ではわかりません。
汚い金なのかもしれないし、悪い女性なのかもしれないし、銃のように不法なモノなのかもしれない。
しかし私は、それらを手にしたときの意識の変化について、『銃』から疑似体験的に学びました。
危険な物事と対峙することがあったとしても、破滅に向かう確率はぐんと減ったでしょう。
中村文則さんは現役作家のなかでも作品数が多く、とくに長編のものが目立っているように感じます。
『銃』の場合、短編とするには少し長めですが、中編には収まるボリュームだと思います。
映画化もされているので、文章のみならず、ストーリーの展開的にも見ごたえのある作品といえます。
読書慣れしていない人にもおすすめできると思った赤鬼でした。
お疲れさまでした。
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