お疲れさまです。赤鬼です。
今回ご紹介するのは、中村文則さんの『逃亡者』です。
不慮の死を遂げた恋人と自分を結ぶトランペットを持ち、逃亡するジャーナリストの山峰。彼が偏愛するそれは、第二次大戦中のある作戦で伝説となり、〝悪魔の楽器〟と呼ばれていた。ゆえに欲する者達が世界中にいるという。その中の一人、〝B〟。正体も狙いも不穏な男。突如始まった逃亡の日々で、山峰はこの世界の理不尽な真実を突きつけられる……。
幻冬舎
あくまで私個人が読んだ感想です。
その感想も読み返したときに変わってしまう可能性もあります。
何卒ご容赦ください。
飽きない構成
物語を支える大きなトピックスは「宗教」と「戦争」です。
人やモノを媒介しながら、それぞれのトピックスが交錯し、絡み合いながら物語が進んでいきます。
「宗教戦争」ではないのがポイントです。
『逃亡者』は長い小説で、おさえておきたいトピックスはほかにもあります。
土地と歴史、理不尽な暴力、政治的な主義主張、移民の問題、音楽と楽器、そして愛。
巻末の参考資料の数をみてもわかりますが、ものすごい情報量となっています。
一編の作品としてシームレスにまとめるこの構成力は、圧巻です。
「長い」としたものの、まったく飽きずに読み終えることができました。
大きな困難を長いスパンで通底させる中で、タイムリーな展開での緊張が散りばめられています。
トピックを盛り込む時間軸をコントロールしながら組み立てている、と私は読みました。
中村文則さんの作品はいつもそうですが、最後までおもしろく読むことができます。
文体のさらなる可能性が示された
読者を飽きさせない要因として、やはり文体は無視できません。
中村文則さんの文体は「重厚な」と形容されることがあり、たしかに硬く重たい雰囲気はあります。
とはいえ、言葉の選び方や使いどころが巧みで、リズムを感じさせる文体でもあります。
このドライブ感が心地良く、作品の雰囲気とは裏腹に、スラスラと読めてしまいます。
『逃亡者』は国際色豊かな作品で、英語、ドイツ語、フランス語、タガログ語など、外国語がいくつも登場します。
翻訳調で書かれている箇所があるわけですが、この文体であれば違和感なく受け容れられます。
歴史を説明する際のシリアスな雰囲気にはピタリとはまり、ゆるくやわらかい会話文は良い意味で際立ちます。
もちろんこれらは、作家の高い技量ありきで成立していることです。
作家固有の文体として、読者の認識が固まりつつある背景も無視できないでしょう。
ただし『逃亡者』では、この文体のさらなる可能性が示されたと思います。
読者として、さらに研究する余地があると思いました。
「自分自身の在りよう」を考える
すでに気づかれているとは思いますが、私は中村文則さんのファンです。
物語自体、毎回おもしろく読んでいます。
それに付随して、歴史や社会問題について作品から学んでいる面もあります。
『逃亡者』では、その「学ぶ感覚」がいつもより強かったように感じます。
この作品から、私はたくさんのことを学びました。
天主堂のマリア像について。
「岩永マキ」という人物について。
外国人留学生の実情について。
私はあまりにも無知で、そしてあまりにも無関心でした。
『逃亡者』では、読者に問いかける側面も際立っているように思います。
右派と左派、保守とリベラルの奥の方に何があるのか。
発信されたコンテンツの受け取り方と、裏側にある作者の意図に、どういう乖離があるのか。
それらを踏まえた上で、どのように解釈して、どのように自分に還元して、どのように社会に開いていくのか。
平たくいえば、「自分自身の在りよう」を考えさせる小説でもあると思いました。
表現活動に限らず、身近な人との接し方にも通用することです。
「好き・嫌い」だけでなく、「良い・悪い」の基準もふくめて、自分のなかで考え直すきっかけになりました。
読んでからしばらく経っていますが、正直なところ、まだ明確な答えは出ていません。
時折り読み直しながら、これからも考えていこうと思う赤鬼でした。
お疲れさまでした。
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