お疲れさまです。赤鬼です。
又吉直樹さんの『火花』をご紹介します。
売れない芸人徳永は、熱海の花火大会で、師として仰ぐべき先輩神谷に電撃的に出会った。そのお笑い哲学に心酔して行動を共にしながら議論を続けるのだが、やがて二人は別の道を歩んでいくことになる。運命は二人をどこへ連れていくのか。
文藝春秋BOOKS
あくまで私個人が読んだ感想です。
その感想も読み返したときに変わってしまう可能性もあります。
何卒ご容赦ください。
自分が知らない世界の魅力
この物語の骨格を支えるのは、お笑い芸人の世界です。
作中で描かれる芸人のあれこれは、単なるトピックにとどまらず、モチーフやテーマの領域に踏み込んでいます。
作品から作者をトレースするわけではありませんが、その描き方には説得力があり、読み応えにつながっています。
主人公の徳永に加え、キーパーソンとなるのは芸人の先輩である神谷です。
この登場人物が、物語をダイナミックに展開させたり、深みを与えたり、物語の推進力としても機能します。
狂った人物を中心に据え置く、いわゆる純文学的な基本構成ではありません。
主人公のすぐ近くに神谷をおき、歪みを生じさせ、読者の価値観を揺さぶっていきます。
芸人さんの世界を深堀りした作品は、今まで読んだことがありませんでした。
主にフォーカスされるのは、なかなか脚光を浴びない人たちや、そんな彼らを支える人たちの様子です。
自分が知らない世界の物語は魅力的で、芸事に対してひたむきに向き合う登場人物たちに感銘を受けました。
真似しようと企んでも実現できない
とても落ち着きのある、読みやすい文体です。
比較的硬めの言葉が使われていて、淡々と書かれています。
辞書を引かなければならないほど難解な言葉は、ほとんど出てきません。
場合によってひとつかふたつはあるかもしれませんが、普段小説を読まない人であっても読解にけつまずくことはないでしょう。
ところどころ、いわゆる“文学的な表現”がまぶされているのも特徴です。
描写もていねいになされていて、場面が変わるごとに、解像度の高い風景が立ち上がるように書かれています。
好みが分かれる部分かとは思いますが、叙情的な描き方が過多になっているとは感じませんでした。
小説へのリスペクトを感じさせる範囲内に収まっていて、読書が好きな人であれば心地良く読める書き方です。
短編とするには文章量がやや多く感じますが、最後まで熱量をもって読むことができました。
大阪弁の独特なリズム、字面のカジュアルさも、読ませる力に寄与していると思います。
硬くロートーンな文体と相まって、文章の向こうにシュールな情景が浮かびます。
常人が真似しようと企んでも実現できない、とても魅力的な文体です。
世界には彼らが必要
夢を追いかける人はたくさんいます。
周囲から爪弾きにされたり、結果的に報われなかったりと、明るい未来ばかりではないでしょう。
芸人に限った話ではなく、ミュージシャンや芸術家、クリエイターも同様です。
この作品では、必死にもがきながら夢を追う人間の在りようが、生々しく描かれています。
エンタメ論としても抜群に面白いと感じました。
楽しみを提供する側だけでなく、受け取る立場の人も、面白く読める物語です。
あらゆるコンテンツに触れるとき、この物語をふと思い出すようになりました。
具体的には、コンテンツの裏側にいる人たちのこと、そして彼らの人生を想像しています。
この作品が素晴らしいと感じるのは、「人間とは何か」「人生とは何か」という領域にまで踏み込んでいるところです。
彼らのような人たちがいなければ、この世界はもっともっと貧しくなっているような気がします。
実際、僕の見える景色は、以前に比べてぐんと奥行きを増しました。
この世界が精神的に豊かであり続けるには、彼らのような人が必要です。
もしかしたら徳永さんや神谷さんは、浅はかな僕を嫌うかもしれません。
それでも、出会えてよかったと思える小説です。
彼らに恥じないように生きていきたい赤鬼でした。
お疲れさまでした。
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