お疲れ様です。赤鬼です。
今回は宇佐美りんさんの『かか』をご紹介します。
19歳の浪人生うーちゃんは、大好きな母親=かかのことで切実に悩んでいる。かかは離婚を機に徐々に心を病み、酒を飲んでは暴れることを繰り返すようになった。鍵をかけたちいさなSNSの空間だけが、うーちゃんの心をなぐさめる。
河出書房新社
脆い母、身勝手な父、女性に生まれたこと、血縁で繋がる家族という単位……自分を縛るすべてが恨めしく、縛られる自分が何より歯がゆいうーちゃん。彼女はある無謀な祈りを抱え、熊野へと旅立つ――。
あくまで私個人が読んだ感想です。
その感想も読み返したときに変わってしまう可能性もあります。
何卒ご容赦ください。
語り口調と登場人物の設定
作品に盛り込まれた大まかなトピックスは、家庭環境、母と娘の関係、そして女性性。
主人公の「うーちゃん」が、弟の「みっくん」に語りかけるようにしながら物語が展開していきます。
言い聞かせるように書いていたり、ポツりとつぶやくように書いていたりと、主人公の心情が絶妙な具合であふれ出ています。
クセがないとはいいませんが、とても説得力のある筆致です。
この語り口調が物語のベースにあり、作品を読ませる力にもなっています。
相手は主人公の弟ですから、主人公の独善的な視点で進むことはありません。
かといって他人行儀にもならず、微妙なバランス感覚で物語が成り立っています。
自分語りでもなければ、友人や恋人との会話でもない、家族に語るという設定はおもしろいと思いました。
登場人物が皆、なにかと問題を抱えているのも重要なポイントです。
「うーちゃん」「みっくん」のような表現からもわかるように、一貫してチャーミングに書かれてはいます。
しかし奥のほうには、少しのきっかけですべてが崩れてしまいそうな危うさもある。
この登場人物の設定は、文面とはミスマッチに感じられますが、そこもまた作品を読ませる力となっています。
独自の方言
前述したように、『かか』は語りかけるような文体で書かれています。
その語り口調として、「かか弁」と呼ぶべきでしょうか、独自の方言が採用されています。
本音をいうと、最初は面食らいましたが、すぐに慣れました。
普段は見聞きしない造語であっても意味が通じないわけでもなく、その軽妙なリズムがむしろ心地良く感じられます。
表記にも工夫があり、地の文は全体的にひらがなが多めに書かれています。
『みっくん、うーちゃんはね、かかを産みたかった。かかをにんしんしたかったんよ』
たとえば通常であれば「妊娠」と表記するであろうところを、“にんしん”としています。
いわゆる「(漢字を)開く」という技法ですが、これによって字面の印象や文の意味をコントロールするわけです。
この文体は、作品の雰囲気や扱うテーマ、主人公のパーソナリティーや身体性に、見事に合致していると思いました。
作品の文体はこれ以外にない、と思ってしまうほど高い確度で表現されています。
ほかの作品から類推するに、おそらくこの文体は緻密に計算されたものでしょう。
これがデビュー作ですから、圧巻です。
新しい言葉と気づき
書籍を紹介するときは、ある程度項目をしぼりながら執筆しています。
『かか』に関して目立っていたのはやはり文体で、絶賛せずにはいられませんでした。
しかし当然ながら、それだけではありません。
作品が扱っているテーマも重要で、主人公とは年齢も性別も違っている私にも痛切に響きました。
前項でも例に挙げた、『かかをにんしんしたかったんよ』の一文。
娘が母を妊娠したいという、一見するとちぐはぐな願いです。
しかし、母親を大切に思う子どもの思いとして、これほどまでに府に落ちる表現はほかにあるでしょうか。
この新しい言葉の組み合わせは、見落としていた感情に気づかせてくれました。
家族のこと、ジェンダーのことは、これまでもさまざまな作品で描かれてきました。
人間の存在、人生の意義なども同様です。
きっとこれからも、切り口をかえ、アプローチを変えながら、反復されるでしょう。
『かか』によって、またひとつアップデートされた気がします。
これがデビュー作ですから、末恐ろしい。
もちろんほかの作品も読破していて、完全にこの作者のファンになっています。
ぜひおすすめしたい赤鬼でした。
お疲れさまでした。
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