お疲れさまです。赤鬼です。
今回ご紹介するのは、金原ひとみさんの『蛇にピアス』です。
ピアスの拡張にハマっていたルイは、「スプリットタン」という二つに分かれた舌を持つ男アマとの出会いをきっかけとして、舌にピアスを入れる。暗い時代を生きる若者の受難と復活の物語
集英社
あくまで私個人が読んだ感想です。
その感想も読み返したときに変わってしまう可能性もあります。
何卒ご容赦ください。
哀し気な雰囲気が漂う
物語の軸となるトピックは身体改造です。
“スプリットタン”という強いワードが冒頭から炸裂して、興味を惹きつけられました。
ピアスやタトゥーのみならず、スプリットタンを物語に通底させるアイディアが面白いと思いました。
退廃的な若者を描いた作品はいくつか思い浮かびますが、この作品の切り口は独特です。
構成そのものに、奇をてらっている印象は受けませんでした。
しかし、スプリットタンを成就させるまでの過程だったり、主人公がタトゥーを彫る出来事だったり、物語の辿り方は独特です。
終盤に大きな事件も起きることから、スタンダードな枠組みの中をぶっとんだ内容で進めるような作品だと感じました。
全体を通じて、哀し気な雰囲気が漂っているのも特徴的です。
底の方でマイナー調が鳴り続けているような感覚を覚えながら読み進めました。
その一方で、暗く重たいわけではないのが不思議です。
若く破天荒な主人公のパーソナリティーが、作品の空気感を軽くしているのかもしれません。
破綻するかしないかの瀬戸際
地の文は比較的ゆるめに書かれています。
しかし、砕けすぎているかといわれればそうではありません。
ときには風格や気品を感じさせるような書き方もあり、強い芯を持った文章です。
ゆるさと堅さの間を、継ぎ目なく往復するような文章だと感じました。
悪い言い方をすると、破綻するかしないかの瀬戸際にあるような危うさもあります。
これ以上言葉を砕いてゆるめれば、作品全体が陳腐になる。
かといって、これ以上堅くかしこまってしまうと文学過多になる。
すれすれのラインで言葉が紡がれている印象を受けました。
文体の揺らぎは、不安定な主人公のキャラクターにマッチしていると思いました。
どこか危うさがあり、けれども決してブレることはない。
主人公の「私」と合致したところを含めて、絶妙なバランスの文体です。
映画で観たことがある人も多いかと思いますが、どうか小説で読んでほしい作品です。
自分の人生を全うする
たとえば若いころ、主人公と同じ経験をしていたと仮定しましょう。
年をとってから語るとすれば、良くも悪くも、美化や整理がなされた状態になってしまいます。
とくに心理的・心情的なリアリティーが損なわれてしまうのは、作品にとって痛手としかいいようがありません。
この作品は、もっとも重要な核の部分をしっかり捕らえているのだと思いました。
作品から作者をトレースしようとするわけではなく、細部(とくに警察がからむシーンなど)に破綻がないとまではいいません。
そんなことどうでもよくなるほど、リアリティーを感じさせる描き方です。
「若者にしか書けない小説」があるのだとしたら、この作品は有力候補として挙がるでしょう。
人にはさまざまな人生があります。
そんな当たり前のことが、なかなか受け入れられない世の中です。
ルイは作品の中で、自分の人生を全うしています。
私もルイのように、思いどおりにならないことも抱きしめて、人生を送りたいと思いました。
良い作品に出会えたことに感謝する赤鬼でした。
お疲れさまでした。
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